社交篇
第二の魔法

立ち居振る舞い

わたしは、学生時代から小笠原流礼法を学び、現在も冠婚葬祭業やホテル業などのサービスに生かしています。つくづく思うのは、礼法とは「人間関係を良くする魔法」に他ならないということ。そして、礼法の原点とは「立ち居振る舞い」にあります。

そして、立ち居振る舞いの原点は「姿勢」にあります。何よりも、正しい立ち居振る舞いをするためには、正しい姿勢を作りあげなければなりません。

小笠原流では姿勢を正すために、まず、「背筋を伸ばす。あごをひく。胸を張る。顔は正面に、視線はまっすぐ前に置く」ということを基本形として教えます。しかし、この姿勢を長時間とっていると、背中や首筋の筋肉が緊張して苦しくなります。苦しいということは、それまでが正しい姿勢でなかったからです。この基本姿勢を体得すれば、それがあるがままの自然の姿勢となるのです。

哺乳類のほとんどは4本足で生きていますが、大脳が発達して頭が重くなってきた猿、中でもチンパンジーやゴリラは4本足では身体を支えきれなくなり、2本足で歩くようになりました。人間も同じで、チンパンジーやゴリラよりもさらに頭が重いため身体を直立させて背骨や腰をしっかり据えて、その上に頭を乗せて身体のバランスをとったのです。

細い首の上に平均重量約7キロの頭を乗せてバランスをとっているのですから、背筋がゆがんでいたり、頭を傾けたり、あごを突き出したり、悪い姿勢をとるとそのバランスは壊れてしまいます。

上体を安定させるために、小笠原流では「胴作り」という手法をとっています。これは、かつて武士が弓を射るために腰を安定させる「射形」の姿勢から生まれたものです。

胴作りは、直立の姿勢をとるときに背骨が腰に突き刺さるように据えます。そして、背骨の付け根を上に持ち上げるように下腹に軽く力を入れます。このとき、複式呼吸をします。呼吸は腹を膨らませて息を吸い、腹をへこませて息を吐き出す方法です。下腹と腰回りが状態を支えているのです。こうすると、自然に背中もまっすぐ伸び、腰も安定した姿勢がつくられます。

小笠原流の伝書には、「立ち居」についてこう記しています。

「胴はただ常に立ちたる姿にて、退かず、掛からず、反らず、屈まず」

胴作りは、前後左右に上体が傾かないように心がけることと戒めているのです。

このように胴作りこそが「立ち居振る舞い」の基本となるのです。座ったときの正座の姿勢も、椅子に腰掛けたときも、胴作りができてはじめて正しい姿勢になります。

正座をすると足がしびれるといわれますが、

正しい正座をすればしびれるようなことはありません。正座は、立ったときと同じように、バランスのとれた胴作りをして腰を据えます。ひざ頭をそろえて、両足の親指が3~4センチほど重なるようにします。重ねるときは、左右どちらを上、下にしてもかまいません。女性はひざを開けないようにして、男性はこぶし1つくらい開けてもよいでしょう。

その姿勢をとり、髪の毛が上から引っ張られるようにして上体が浮いているような姿をイメージします。小笠原流の伝書には「かかとと尻の間に和紙1枚分のすき間を開ける」と記されていますが、要は身体が上に引っ張られるような感じを持てばよいのです。

手は指先をそろえて両股に「八」の字を描くように軽く置きます。このように、正しく座った姿勢を「生気体」といいます。

一方、胴作りができていないと尻の重みでしびれがきれますし、猫背の上体だと内臓が圧迫されて健康に良くないです。正しい「生気体」に対して、このような座り方を「死気体」といいます。

腰掛けるときも、やはり胴作りをして、バランスのとれた姿勢でなければなりません。椅子に腰掛けて両ひざをそろえます。男性の場合は、こぶし1つくらい開け、爪先はそろえます。そうすると、ひざがゆるみません。

手は正座と同じように両股に軽く置きます。自然でかまいません。椅子には浅めに掛けます。背もたれに寄りかかったり、ひじ掛けにひじをついたりしないようにします。

また、視線をどこに置くかということも大事な作法の1つです。立ったときは、姿勢をととのえて、3メートル咲きの床を見るくらいが自然な視線です。

座った場合には、少し手前を見るようにします。立つときと違って顔の位置が低くなるからです。その位置を基準にして、相手の顔を見て会話をすることになります。

目の表情も大切です。キョロキョロと目を動かしていると落ち着きがない人間と思われ、一点を凝視した目は、きつい感じを与えます。人と会話するときは、強い視線で1ヵ所を凝視しないことです。相手の顔を胸から頭まで全体的に見るようにするといいでしょう。会話中は、ときには相手の目をしっかり見たり、全体を見たり、上手に使い分けます。

目だけでなく、口も大事です。口元を真一文字に結んださまは相手に堅苦しい印象を与えます。口を結んで、舌を上あごに軽くつけると口元がゆるみます。笑顔は、口の両側、口の角を上にあげることによって作れます。

そして、立ち居振る舞いの基本として忘れることができないものに歩き方があります。

歩くときはまず背筋を伸ばし、あごをひいて上体はととのえ、しっかりと腰をすえた構えを作ること、すなわち、胴作りですね。そして、視線は正面3メートル先に置きます。踏み出した足には、あまり力を入れずに、残ったほうの足に体重をかけ、身体の動きにつれて重心を移してゆきます。そして、後ろ足を前に運ぶような感じで足の裏が地面と平行になるように静かに歩きます。こんな歩き方であれば、重心の移動が平均して、流れるようにスムーズに歩けます。

小笠原流の基本は「胴作り」にありますが、これが底流となったと思われるのが「立腰」というものです。日本を代表する教育思想家とされた森信三は、かつて立腰教育なるものを提唱し、次のように説きました。

人間が主体的な人間になるにはどうすべきか。それは、人間は心身一如の存在ゆえ、性根の確かな人間を作るためには、まず身体から押さえてかからなければならない。意識は瞬時に変転するものであり、その持続性を養うためにはどうしても身体から押さえてかかる必要があるというのです。そして、「身体の中で一番動かぬところといえば胴体であり、その中心は腰骨である。腰骨を立て貫く以外に真に主体的な人間になるキメ手はないといってよかろう」と著書『立腰教育入門』において森信三は述べています。

良い人間関係を作るには、まず自分は主体的な人間となることが何よりも大事であり、その意味でも「立腰」は人間関係を良くする魔法の1つであるといえます。そして、その魔法の具体的な方法とは、

森信三の説く「立腰」には座禅の真髄が生かされているといわれますが、小笠原流の「胴作り」も明らかに影響していると思います。礼法という、大いなる人間関係の魔法の体系は、立腰という素晴らしい魔法を生んだのでした。立腰教育は現在、幼稚園から高校まで全国の教育機関で導入されています。