社交篇
第四の魔法

挨拶

朝、起きたら、あなたは「おはようございます」と言っていますか。食事の前には「いただきます」と言っていますか。家庭で、学校で、職場で、きちんと礼をしていますか。すべての人間関係の基本は「礼」にあります。

なぜ、人間は礼をするのでしょうか。多くの首相を指導した安岡正篤は、「本当の人間尊重は礼をすることだ。お互いに礼をする、すべてはそこから始まらなければならない」といいました。

「経営の神様」といわれた松下幸之助も、何よりも礼を重んじました。彼は、世界中すべての国民や民族が、言葉は違うがみな同じように礼を言い、挨拶することを、人間としての自然の姿、すなわち「人の道」であるとしました。

ところが、その人間的行為である「礼」を軽視する人がいます。挨拶もしなければ、感謝もしない。礼は「人の道」、いわば「人間の証明」であるにもかかわらず、お礼は言いたくない、挨拶はしたくないという人がいるのです。

礼とは、そのような好みの問題ではありません。人間であれば、必ずしなければならないものです。というより、自分が人間かどうかを表明する、きわめて重要な行為なのです。

よく武道の世界では「礼に始まり、礼に終わる」と言われます。人間関係もまた、礼に始まり、礼に終わることを知りましょう。

およそ、人間関係を考えるうえで挨拶ほど大切なものはないでしょう。「人間尊重」の基本となるものであり、「こんにちは」や「はじめまして」の挨拶によって、初対面の相手も心の窓を開きます。

すべては挨拶からはじまるのであり、会社の1日も「おはようございます」の一言からスタートします。そして、お客様をお迎えしたら「いらっしゃいませ」と大きな声で挨拶することは言うまでもありません。

沖縄では「めんそーれ」という古くからの挨拶言葉が今でも使われています。この「めんそーれ」という挨拶は「かなみ」と言われるそうです。これは挨拶が人間関係の要(かなめ)であることを意味します。挨拶が上手な人を「かなみぞうじ」といい、「かなみかきゆん」は「挨拶を欠かさない」「義理を欠かさない」という意味だそうです。まさしく挨拶は人間関係の要です。

わたしが社長を務める会社はホテルや冠婚葬祭といった接客サービス業を営んでいます。ですから、どんな会社の社員よりも挨拶の達人であってほしいと願っています。

若い社員は「今日も1日、がんばるぞ!」と張り切って「おはようございます」と挨拶をします。その「おはようございます」に「おはよう」で返してはいけません。簡単に「おはよう」と言えば「おはよう」と返されても仕方ありません。これは江戸しぐさの精神でもありますが、山のこだまと同じで自分の心構え、言葉づかい次第で相手もそのように応じるから注意が肝心という戒めですね。

今度、部下や後輩が「おはようございます」と言ったら、上司や先輩も「おはようございます」と言ってみて下さい。会社において上に立つ人も、下に立つ人も、人間としては平等であるということを決して忘れてはなりません。

会社で使う挨拶といえば、「ご苦労さま」と「お疲れさま」があります。この2つの言葉は同じ意味のようにも思えますが、じつは使い方は大違いです。一般に「ご苦労さま」は目上の者から目下の者へ、上司から部下へかける挨拶言葉とされています。一方、「お疲れさま」は目下から目上へ、部下から上司へかける言葉とされています。

わたしは38歳のときに社長になりました。創業者である父の後を継いでの2代目ですから、当然、わたしより年長者がたくさん会社にいました。40代の半ばとなった現在でさえ、わたしは役員の中で最年少です。社長になったからには、会長である父を除いた全社員に「ご苦労さま」と挨拶してもいいのでしょうが、わたしはあえて「お疲れさまです」といいました。最初はわたしより年上の社員には「お疲れさまです」、年下の社員には「ご苦労さまです」と使い分けていましたが、そのうち面倒になり、すべて「お疲れさまです」で通すことにしました。今でも、新入社員に対しても「お疲れさま」といっています。社長も新入社員も人間としては平等ですから、それで良いと思っています。

挨拶は人間関係をなめらかにする潤滑油です。昔から、礼儀知らずの人に対して「挨拶も満足にできない」という非難の言葉があるのは、挨拶こそが礼儀作法をはかる最大の物差しとされていたからです。

そして、現在、特に重要なのは家庭での日常の挨拶でしょう。親しい家庭の中で他人行儀な挨拶など無用と思っている人がいたら大間違いです。そんな家庭の子どもは将来、必ず社会を騒がすような問題を起こす人間となるでしょう。

わたしは、父から7つの挨拶を幼少のときより徹底的に叩き込まれました。すなわち、

これは「躾に必要な7つの挨拶」として、現在はわたしが2人の娘たちに叩き込んでいます。このような日常わたしたちが何気なく使っている挨拶こそが、バラバラになりがちな家族の心を結びつけ、互いに思い合い、気づかい合い、なごやかな家庭を作り出す土台なのだと信じています。

「おはようございます」は1日の始まりを告げる挨拶です。小笠原流の伝書には「朝には、早々におきて鬢(びん)をかき、髪を結いて、親の前に出づべし」と記されています。朝、早起きをして髪をきちんとして親の前に出て、朝の挨拶をしなさいと教えているのです。

「行ってきます」は、当人にとっては「今日も元気にがんばろう」という決意と「今日も無事でありますように」と祈る気持ちで我が家を出発する言葉です。「行ってらっしゃい」という送り出す側の言葉は「今日も元気で」で応援する気持ちと、「車や事故に気をつけて」と安全を祈る心の表現です。

ですから、送り出した人が元気で帰宅することが家で待つ者にとっては一番気がかりなのです。交通事故の他にも、災害、犯罪、学校でのいじめなど、日常的に心身の危険にさらされている今日では、元気な「ただいま」の一言で、家族は安心するのです。そして、「お帰りなさい」の一言で、帰ってきた者もまたホッとし、外での苦しいこと、辛いことも癒されるのです。

食前の「いただきます」や食後の「ごちそうさまでした」は、食物となった魚や動物などの生命、食物を作ってくれた人、食べさせてくれる親に対しての感謝の表現です。

寝る前の「おやすみなさい」は、家族がいたわり合う表現であり、明日への希望を込めた祈りの言葉です。

そして、「ありがとうございます」は感謝の挨拶です。素直に感謝の言葉を口にできる人は、確実に人の道を歩んでいます。親が我が子に最も望むこと、それは感謝の心を持った謙虚で素直な人間になってほしいということではないでしょうか。

「ありがとうございます」をはじめ、挨拶をされると本当に嬉しいもの。あらゆる挨拶が人間関係を良くしてゆくのです。