社交篇
第五の魔法

お辞儀

小笠原流礼法では、「思いやりの心」「うやまいの心」「つつしみの心」を表現する行為、所作を大切にしています。そんな所作の中でも最も重要なのが、相手に対し敬意や感謝の心を表現するために、体をかがめる「屈体(くったい)」です。すなわち、わたしたちが日常生活の中で行なっている、「お辞儀」のことですね。

お辞儀は、相手に心を通わせるためのものです。でも、こんな姿をよく見かけます。相手に会って双方がお辞儀をします。相手が頭を下げているのに、こちらは、もう頭を上げている。また、こちらは、ていねいに深々と頭を下げているのに、先方は頭を上げている。

これでは、心は通っていないのと同じです。正しいお辞儀、心の通うお辞儀をするには相手とタイミングを合わせることも大切ですね。

日本では、お辞儀は、座ってする「座礼」と、立ってお辞儀をする「立礼」があります。現在の生活では立礼が多いですが、お辞儀の基礎はあくまで座礼です。ですから、立礼の場合も、座礼のあり方を十分に理解して立礼に生かさなければなりません。

日本の座礼を美しい形に完成させたのが小笠原流です。小笠原流には、礼の仕方や受け方など、そのときの状況に対応する座礼として9つの礼があり、これを「九品礼」と呼んでいます。すなわち、

小笠原流の伝書には、次のように書かれています。

「人に式対(お辞儀)のこと、さのみ繁きは

かえりて狼藉(ろうぜき)なり、三度に過ぐべからず」

「万事に礼を深くすること慮外なり」

これは、お辞儀のし過ぎを戒めています。

その場の雰囲気をかわさないように気くばりし、時と場所をわきまえて相手に失礼にならないようにと教えているわけです。

「九品礼」の中で、現在でも実際に行なわれているのは、3の「指建礼」、5の「折手礼」、6の「拓手礼」、7の「双手礼」、9の「合掌礼」の5つです。さらに日常生活でよく使われるのは3の「指建礼」、6の「拓手礼」、7七の「双手礼」の3つだと思ってよいでしょう。

3の「指建礼」は、正座の姿勢からはじまります。手は膝の上に置きますが、それがひざの両横に来るように移動し、その指先が畳につくまで上体を傾けます。指先が畳についたとき、上体の傾きを止めます。頭を下げるのではなく、背筋を伸ばしたまま、上体を傾けるのです。お辞儀の角度は浅めです。しかし、浅いお辞儀ではありますが、「つつしみの心」を表わす姿勢です。お辞儀というより、会釈といったほうがよいかもしれません。簡略であり、給仕をするときなどに好ましいとされています。茶道でいう「草の礼」に相当します。

6の「拓手礼」は、膝先の畳を手のひらで押さえる形の礼ということから名前がつけられたようです。正座の姿勢から、上体を前に傾けてゆき、手のひらを畳につけて、膝横から前へ、手首を膝頭に並べる位置まで進めます。指建礼よりも上体の傾きが少し深くなります。古くは、同輩に対する礼とされていました。また、謝意や口上を述べるときの姿勢でもありました。

7の「双手礼」は拓手礼をより深くした礼です。さらに双手礼よりも深まったものが8の「合手礼」です。合手礼は、いわゆる最敬礼にあたるものです。拓手礼では、手首を膝頭の先の畳に置きました。双手礼では、さらに先のほうに手首を置きます。そうすると、拓手礼より上体が深く傾きます。ひれ伏す最敬礼の場合に用いる合手礼ほどは深く傾きません。

拓手礼ほど浅くなく、合手礼ほど深くない。双手礼こそは、普段の訪問時などで一番多く使われる礼なのです。

では、もっとも一般的な座礼である双手礼をもう一度おさらいしてみましょう。

背筋をすっと伸ばします。上体はそのままで前に屈してゆきます。手が自然に前に出ます。手首の位置は膝頭の先の畳に置きます。両手の間がこぶし1つぐらいまで開いたところで止め、頭と畳の間は20センチくらいの距離になります

双手礼とは、普通にいうお辞儀だと考えて下さい。たいていの場合は双手礼で大丈夫です。ただ注意したいのは、腰が基点とならなければならないことです。上体は一本の直線のように一体になっていなければ、美しさがこわれてしまいます。

以上は、座礼についてでした。日本でも、生活スタイルが洋式化してきたので、座礼より立礼の場合が多くなりました。

立礼には次の5つがあります。すなわち、

1の「会釈」は直立の姿勢から、背筋を伸ばして上体を15度ほど傾けます。手は自然と股の前につく形になります。

男性は、つま先を少し開いたほうが体の重心が安定します。女性はつま先を揃えたほうが美しく見えます。ただ、揃えた場合、ハイヒールなどのかかとの高い靴だと重心を支える面積が小さくなるので、無理のないようにして下さい。

2の「浅い礼」は30度ほど、3の「普通礼」は45度、それぞれ体を傾けてお辞儀します。

4の「敬礼」は、座礼の「双手礼」に相当します。上体を傾ける角度は45度から60度くらい。

5の「最敬礼」の角度は60度から90度くらいです。最敬礼は神前や仏前などの儀礼の場で行なうお辞儀です。90度くらの角度になるので、「直角礼」とも呼ばれています。

以上、立礼を簡単に紹介しました。座礼にしろ、立礼にしろ、お辞儀とは頭を下げたり、上体を傾けたりした瞬間の一カットではありません。最初から最後まで、一連の所作のすべてがお辞儀であり、礼なのです。ですから、お辞儀をして、元の姿勢に戻っても、相手に心を残すようにして下さい。これを「残心(ざんしん)」といいます。

わたしは、よく冠婚葬祭の場面などで、いろんな方がお辞儀をする姿を目にします。中には、見とれてしまうほど美しいお辞儀をされる方がいます。「きっと、心のきれいな人なのだろうな」と思ってしまいます

わたしはお辞儀のきれいな人が大好きです。

就職の採用面接に来た学生さんでも、営業マンの方でも、お辞儀のきれいな人の話に自然と聞き入ってしまいます。わたし以外にも、美しいお辞儀を好む人は多いはず。お辞儀がきれいな人は、絶対に得をすると思います。

人間関係を良くする上で、お辞儀は絶大な効果を発揮することを知りましょう。