第一講「ハートレス・ソサエティ?」

 二〇世紀は、とにかく人間がたくさん殺された時代だった。何よりも戦争によって形づくられたのが二〇世紀と言えるだろう。もちろん、人類の歴史のどの時代もどの世紀も、戦争などの暴力行為の影響を強く受けてきた。二〇世紀も過去の世紀と本質的には変わらないが、その程度には明らかな違いがある。本当の意味で世界的規模の紛争が起こり、地球の裏側の国々まで巻きこむようになったのは、この世紀が初めてである。なにしろ、世界大戦が一度ならず二度も起こったのだ。その二〇世紀に殺された人間の数は、およそ一億七〇〇〇万人以上という。
 アメリカの政治学者R・J・ルメルは、戦争および戦争の直接的な影響、または政府によって殺された人の数を推定した。戦争に関連した死者のカテゴリーは、単に戦死者のみならず、ドイツのナチスなど自国の政府や、戦時中またはその前後の占領軍の政府によって殺害された民間人も含まれる。また、一九三〇年代の中国など国際紛争によって激化した内戦で死亡したり、戦争によって引き起こされた飢饉のために死んだりした民間人を含む。その合計が一億七一八〇万人であるとルメルは述べているのだ。
 最後のカテゴリーについては、飢饉は純粋な食糧不足のせいではめったに起こらないことを指摘しておくべきだろう。飢饉が起こるのは、主に戦争や政府の措置のために食糧の配給が断たれた場合なのである。旧ソ連と共産主義政権下の中国で九七〇〇万人が不自然な死を遂げたとされている。これらの数字は多すぎる、または少なすぎるとして、多くの研究で指摘されている。しかし、死者の合計が実際は六〇〇〇万人であれ、一億四〇〇〇万人であれ、大した問題ではない。多くの人間を殺した当事者であるスターリンが言ったように、「一人の死は悲劇だが、一〇〇万人の死は統計数値なのである」から。
 これらの統計数値は、そこで起こったことの恐ろしさを伝える。そのうちの一部は国によって直接殺害された人々であり、一部は強制収容所内で死亡し、さらに一部は文化大革命などの政府が引き起こした混乱のなかで死んでいった。しかし、最大の犠牲者を出したのは飢饉である。ソ連でも中国でも、中央政府がそれぞれ別々の時期に、誤った考えから、もしくは残酷な政治的目的から食糧の生産と流通に混乱を招いたのだ。
 非道な行為によって多くの人々を殺した国はもちろん他にもある。カンボジアでは、ポル・ポトのクメール・ルージュがわずか四年間で、実に人口の約三〇パーセントという自国民を虐殺した。ベトナムでは、南北間およびアメリカとの直接的な紛争以外の理由で、一〇〇万人以上の人々が殺された。インドネシアでは一九六〇年代に共産主義者の暴動とされたものが容赦なく鎮圧され、六〇万人以上がこの数字に追加されたし、一九九〇年代のルワンダの大量虐殺も同様である。地球上最後の独裁者が支配する人さらい国家・北朝鮮にいたっては、国による殺害や強制収容所もしくは飢饉によって、どれほどの犠牲者が出たのか想像もつかない。
 しかし、こうした個々の数字も肝心なポイントを変えることはない。医療、農業および科学技術において絶大な進歩をとげた二〇世紀は、戦争および政府独自の行動によって約一億七〇〇〇万人が殺された世紀なのだ。この数字はなんと、一九〇〇年当時における世界人口の一〇パーセント以上である。
 なぜ、それほど多くの人間が殺されたのか。イデオロギー、植民地帝国主義の遺産、野心、欲望、狂気など、さまざまな理由が考えられるが、私は人間の持つ最もネガティブなエネルギー、すなわち「憎悪」の存在が大きいと思う。ダライ・ラマ一四世は、「人間の苦しみの多くは、その根に破壊的感情があります。憎しみは暴力を増長し、異常なまでの渇望は人を悪癖に溺れさせるのです」と語っている。
 ピュリッツァー賞を受賞したアメリカの作家ラッシュ・W・ドージア・ジュニアも言うように、「憎悪」は心の核兵器である。爆発すれば社会秩序を吹き飛ばし、世界を戦争とジエノ集団サイド殺戮のうず渦に引き入れるだろう。「憎悪」は、人と人との関係を粉々に打ちくだく。かつて愛しあった人びとが憎悪ゆえにたがいに背を向け、傷つけあい、はては殺しあいさえする。憎悪の爆風は道徳と寛容の心を一掃して人を残虐な行為に駆りたて、集団と集団を争わせ、とどまるところを知らない戦いに巻きこむ。憎悪は職場にも毒をまき散らす。破壊的な力でむく無垢な子供の心をねじまげ、世代から世代へと受け継がれて増殖する。憎悪は健康を冒しもする。心臓を圧迫して血圧を上昇させ、免疫系を停止させ、脳に損傷をあたえる。自己嫌悪というかたちで忍び寄れば、人は自分の短所しか見えなくなり、人生のよろこびを奪われ、ついには「うつ病」に陥って自ら生命さえも絶ちかねない。
 二〇世紀が破壊的な世紀となった原因には、共産主義の隆盛もあげられるだろう。『資本論』などを読むかぎり、資本主義の欠陥についてのカール・マルクスの指摘には正しい点も多いと私は思うが、暴力革命肯定論を全面的に正しいと考えて信奉するのは、とんでもない話である。そこには憎悪の神聖化があるわけだが、憎悪は必ず拡大再生産される。マルクス哲学のなかには、非常に大きな間違いがあったと思わざるをえない。ソ連や東欧の共産主義国家の崩壊によって、それが誤りであることが明確になったと言えよう。
 一九九九年七の月にノストラダムスが予言した「恐怖の大王」も降ってこず、二〇世紀末の一時期、二〇世紀の憎悪は世紀末で断ち切ろうという楽観的な気運が世界中で高まり、多くの人々が人類の未来に希望を抱いていた。そこに起きたのが二〇〇一年九月十一日の悲劇である。テロリストによってハイジャックされた航空機がワールド・トレード・センターに突入する信じられない光景をCNNのニュースで見ながら、私は「恐怖の大王」が二年の誤差で降ってきたのかもしれないと思った。いずれにせよ、新しい世紀においても、憎悪に基づいた計画的で大規模な残虐行為が常に起こりうるという現実を、人類は目の当たりにしたのである。あの同時多発テロで世界中の人びとが目撃したのは、憎悪に触発された無数の暴力のあらたな一例にすぎない。こうした行為すべてがそうであるように、憎悪に満ちたテロは、人間の脳に新しく進化した外層の奥深くにひそむ原始的な領域から生まれる。また、長い時間をかけて蓄積されてきた文化によっても仕向けられる。それによって人は、生き残りを賭けた「われら対、彼ら」の戦いに駆りたてられるのだ。グローバリズムという名のアメリカイズムを世界中で広めつつあった唯一の超大国は、史上初めて本国への攻撃、それも資本主義そのもののシンボルといえるワールド・トレード・センターを破壊されるという、きわめてインパクトの強い攻撃を受けたのだ。その後のイラク戦争開戦、フセイン政権崩壊後も絶えないテロの数々、日本人人質事件、そしてアメリカ人兵士によるイラク人捕虜虐待などの一連の流れを見ると、私たちは、前世紀に劣らない「憎悪の連鎖」が巨大なスケールで繰り広げられていることを思い知るのである。まさに憎悪によって、人間は残虐きわまりない行為をやってのけるのだ。
 日本においても、二一世紀を迎えて、明るい展望は見えないと多くの日本人が思っている。実際、日本人の心には非常ベルが鳴っていると私は思う。年間約八〇万件の婚姻数が伸びないのはともかく、離婚の数が年間三〇万件に迫っている。これは二〇年前の実に二倍である。また、九八年以降、自殺者数が連続して三万人を上回り、大きな社会問題となっている。この数は、交通事故死者の約四倍だ。その内訳を見ると、もともと自殺者に占める割合の高い中高年男性の自殺者数がさらに増えている。離婚と自殺が増えつづけている国が決して豊かであるはずはない。私はこの現状を憂い、昨年、『結魂論/なぜ人は結婚するのか』と『老福論/人は老いるほど豊かになる』の二冊を上梓した。
 心の非常ベルは、離婚と自殺だけではない。凶悪犯罪も深刻化している。世田谷一家惨殺事件、福岡一家惨殺事件、北九州監禁・殺人事件など、最近とにかく異様な犯罪が目立つが、少年による凶悪事件が相次いでいることが、人々の不安をより大きくしている。
 「社会に注目されたかった」とバスを乗っ取り、「人を殺す経験をしてみたかった」と行きずりの民家で主婦を殺害する。いずれも一七歳による凶行だった。容疑者の少年は、二人とも恵まれた環境で育ち、学校の成績は良く家族環境にも大きな問題はなかったという。昔の少年犯罪は、経済的に恵まれない状況の子たちが引き起こしていたが、いまや事態はまったく変わってしまったのである。
 九七年に起こった神戸の連続児童殺傷事件の異常性は、当時の日本社会を震憾させた。犯人は中学校の正門前に被害者の遺体の一部を残し、「さかきばらせいと酒鬼薔薇聖斗」と名乗って、警察への挑戦状をマスコミに送りつけた。そして逮捕されたのは中学三年の少年だったのである。二〇〇四年、当時一四歳の彼は六年五ヵ月の矯正教育を経て二一歳になり、医療少年院を仮退院した。
 一四歳の犯行とわかったときに私自身も大変ショックを受けたけれども、この事件がきっかけで少年法が改定され、一四歳以上の少年は刑法の対象になった。そして、刑法犯で検挙された少年、つまり一四歳以上二〇歳未満の人員は、九九年をピークに減少したが、二〇〇二年、〇三年と二年連続して増加した。また、成人を含む刑法犯総検挙人員に占める少年の割合は、約四割に達している。さらに、少年による殺人、強盗、放火、強姦などの凶悪犯の検挙人員は、九八年以降二〇〇〇人を超える高い水準で推移し、きわめて深刻な状況にある。
 二〇〇二年一〇月、愛知県の児童自立支援施設に入所中の中学一年生(一二歳)は、二年生(一四歳)、三年生二名(一四歳、一五歳)とともに、当直の職員を殺害してでも施設から逃走しようと企て、職員の首を絞めて殺害し、財布から現金五万円を強取した。
 二〇〇三年六月、沖縄県の中学二年生(一三歳)は、同級生の態度に激昂して、中学三年生(一四歳)、高校一年生(一六歳)とともに金属の棒や灰皿で頭部を殴打するなどして殺害し、中学三年生(一四歳)と四名で墓地裏に埋めて遺棄した。
 二〇〇三年七月、中学一年生(一二歳)は、長崎市内の家電量販店において幼児(四歳)を誘拐し、同日、同市内のパーキングビル屋上から突き落として殺害した。
そして二〇〇四年五月、同じ長崎県の佐世保市の小学校で、六年生の女子(一一歳)がクラスメートの女子(一二歳)をカッターで傷つけ殺害した。パソコンのチャットへの書き込みが原因とされている。
このように、一四歳未満の少年少女による凶行も、近年社会に衝撃を与える事件が相次いで発生しているのである。酒鬼薔薇事件直後には「心の闇」という言葉が流行したが、まさに「心の闇」が少年たちを飲み込もうとしているかのようだ。
 覚醒剤などの薬物乱用も少年に広がっている。特に、中・高校生による覚醒剤の乱用が後を絶たず、深刻な状況にある。その原因として、外国人などが街頭で薬物を密売する形態が広がっていること、少年たちに薬物の危険性・有害性についての正しい知識が欠けていること、覚醒剤を「エス」とか「スピード」と呼ぶなど、薬物に対する抵抗感が希薄になっていることなどがあげられる。
 殺人や薬物乱用まで行かなくとも、二〇〇三年に喫煙や飲酒・深夜徘徊などの不良行為で補導された少年は一一二万二二三三人で、二〇〇〇年に続き、再び一〇〇万人を超えた。今の子どもたちはパソコンや携帯電話をはじめとした豊かなモノに囲まれているが、人とのつながりが希薄になり、自己表現が非常に下手だと一般には言われている。殺人やさまざまな非行も、屈折した形での彼らの自己表現なのだろうか。
 増え続ける少年の凶悪犯罪。当然、その責任は子どもだけでなく、大人にもある。二〇〇三年二月に内閣府が実施した「少年非行問題等に関する世論調査」によると、「喫煙等の不良行為をしている少年を発見した場合、どうするか」という問いに対し、四九・八パーセントの大人が「注意したいが、見て見ぬふりをする」と回答している。少年の不良行為を防止するには、これらの少年に大人が注意する勇気が必要だと言うのは簡単だが、「おやじ狩り」など複数の少年による凶悪事件も珍しくないだけに、頭の痛いところである。
 しかし、大人も子どもを傷つける。いわゆる児童虐待だ。二〇〇三年中に検挙した児童虐待事件は一七二件、検挙人員は一八四人であった。被害児童の数は一七九人で、そのうち三九人が死亡している。警察の少年相談における児童虐待の相談件数は二〇〇三年で一三八二件、前年に比べてやや減少したとはいえ、九四年には一二一件だったので、八年間で一〇倍以上も増加したことになる。これは明らかに異常な数字だろう。
 二〇〇一年十一月には「児童虐待の防止等に関する法律」が施行された。これは、児童に対する虐待の禁止、児童虐待の防止に関する国および地方公共団体の責務、児童虐待を受けた児童の保護のための措置などを定めたものである。警察では、児童虐待問題を少年保護対策の最重要課題の一つとして位置づけ、関係機関などと連携し、児童の生命および身体を守るとともに、児童の精神的な立ち直りを支援する活動に積極的に取り組んでいるという。大人が子どもをいじめてはならないというのは至極当然の話であり、こんな法律ができること自体がこの国が病んでいる証かもしれない。
 そして、大人たちの心も病んでいる。前述のように、日本人の自殺者が三万人を大きく超えて、さらに増加傾向にある。かつて交通事故による死者が一万人を超えたとき、大きな社会問題ととらえられ、これを減らすためのさまざまな対策が講じられた。交通事故死に対する保険などの経済的なシステムが構築されるなど、これが緊急事態なのだという共通認識があった。そのことを考えても、自殺者が交通事故者の約四倍という数字を記録し続けているのは、まさに異常事態なのだ。しかも自殺者の性別を見ると、男性が全体の七一・八パーセントを占め、年齢別では六〇歳以上 三四・六パーセント、五〇歳代が二六・三パーセントと、圧倒的に中高年男性の自殺が多い。そして、その最大の原因は「うつ病」とされている。
 本来なら、五〇代、六〇代の男性は、さまざまな人生経験を積み、職場でも家庭でも頼りになる存在として若い人々から尊敬され、成熟の時期を迎えているはずである。ところが、長引く不況や、将来が見通せない社会状況を色濃く反映し、不況による倒産やリストラなどが引き金になって「うつ状態」に陥り、やがて自殺に踏み込んでしまう例が跡を絶たないのだ。
 自殺の直接の原因としては、健康問題や経済苦、人間関係・仕事上でのトラブルなどがあげられている。しかし、『うつと自殺』を書いた心療内科医の筒井末春氏によれば、自殺者のなかには「うつ病」の典型的な症状を見せていたにもかかわらず、周囲も当の本人もそれに気づかなかったケースが少なくないという。トラブルに立ち向かう前に、またはその真っ只中で、うつ病に足元をすくわれ、自殺という最悪の形で命を失ってしまうのである。
 うつ病以外にも、アダルトチルドレン、買い物依存症、拒食症に過食症、燃え尽き症候群などなど、心の不調を感じる日本人は増加しているが、アメリカなみに専門家のカウンセリングを受けるのも珍しくなくなってきている。日本だけに限らず、先進国では、特に一九八〇年代以降、心理学的なものの見方、精神分析的な人間観が一般化されつつある。動機の不明な凶悪犯罪や、特異な社会現象が起きると、マスコミは心理学者や精神科医にコメントを求める。法廷では精神科医による精神鑑定が重要な争点となる。PTSD(心的外傷後ストレス障害)、ADHD(注意欠陥多動性障害)、あるいは人格障害といった心理学用語が、生活情報や芸能ニュースにまで浸透している現状がある。「片づけができない女はADHDだ」とか、「夫の暴力で、あの人気タレントがPTSDに」といった具合である。
 また、若者のあいだでは、カウンセラーやセラピストが憧れの職業となっており、「臨床心理士」の資格に人気が集まっている。「癒し」「ストレス」「トラウマ」などは小中学生でも使うキーワードになった。こうした一連の流れについて、社会学者の森真一氏は「心理主義化社会」と呼び、精神科医の斎藤環氏は「心理学化する社会」と呼んでいる。その根底には、他者や自分自身をコントロールしたいと欲望があり、人の心というものに強い関心が向けられているということだろう。何よりも、心の管理技術に他ならないカウンセリングが流行し、大学でも、教育心理学、宗教心理学、歴史心理学、経済心理学、工業心理学といったように多くの学問と心理学とが結びついた講座が大変な勢いで増えている。学問の世界においても、心理学ブームということが言えるかもしれない。
 まさに現代は、人々が「心」を意識する、いわば「ハート・コンシャス」な時代である。しかし、それが心の病いや心の貧しさばかりを思い起こさせ、心の豊かさというものに結びついていないのも事実である。ハート・コンシャスな人々が形成する社会は、ハートレス・ソサエティなのか。
 心理学を現在のような花形学問にした最大の功労者といえば、もちろんジークムント・フロイトである。しかし、イギリスの文学史家リチャード・ウェブスターはフロイトについて、「西洋文明最大の愚行の一つと見なされることになった、複雑なえせ似非科学の創造者」と述べている。また、ノーベル生理学・医学賞受賞者ピーター・メダワーは、心理療法を「二〇世紀で最悪のペテン」と評した。さらにドイツの科学ジャーナリストであるロルフ・デーケンは、「フロイトはマルクスよりも多大な損害を人類に与えた」と言い切っている。
 デーケンはベストセラー『フロイトのウソ』の著者で、心理学過剰の現代文明社会に対して痛烈な批判を展開している。人生の不首尾や対人関係の困難、問題ある人格性の原因を、幼児期のトラウマや「抑圧された記憶」に求める風潮は、これまで、個人の責任逃れの格好の口実になってきた。自分の人生がこのように不本意なものになったのは、親のせい、家庭のせい、学校のせい、社会のせい、あるいはエイリアン(異星人)にさらわれて心に傷を負ったせいとされる。厄介なことに、社会の心理学化は人々の「私さがし」への志向を助長する一方で、何事も「私のせいじゃない」とする、まったく相反した症候を正当化したと言えよう。このような傾向は、特にアメリカで八〇年代半ばから顕著になり、さまざまな形で批判され、警鐘が鳴らされるようになった。まさに現代の日本の状況に重なっている。
 もちろん、フロイトのみならず、ユング、マズロー、エリクソンなど、心理学を築いた人々は多くおり、きわめて意義のある仕事をしてきたと私は思う。心理学や精神分析のすべてが似非科学とは決して思わない。特に二一世紀において脳科学や生物学と結びついた心理学には大きな可能性があるし、進化心理学への期待も大きい。進化心理学とは、私たちの心というものも、生物の進化、つまり、キリンの首がなぜ長いのかというのと同じく、本質的には理解できるものであるという立場からの研究である。
しかし、心理学過剰の時代において、心理学者や精神科医やカウンセラーこそが「心」の専門家で、あらゆる問題を解くことができるという幻想を人々が持つことは、やはり危険だろう。「心の社会」とは、決して心理学化社会ではないのである。